「蝶々殺人事件」(横溝正史)

由利・三津木から金田一への世代交代期の作品

「蝶々殺人事件」(横溝正史)
(「蝶々殺人事件」)角川文庫

日本屈指の
オペラ歌手・原さくらが、
東京公演を終え、
大阪公演を控えた僅かな間に
行方をくらました。いつもの
気まぐれだろうと考えていた
団員たちの前に届けられた
コントラバス・ケース。
その中から現れたのは
彼女の死体だった…。

戦時中、
当局から禁止されていた探偵小説を
再び執筆できる環境となった昭和21年、
横溝正史が満を持して
世に問うた探偵小説の一つは
金田一耕助のデビュー作となった
「本陣殺人事件」でした。そして
それと並行して書かれたもう一つが、
由利・三津木コンビの活躍する
本作品だったのです。

本作品の味わいどころ①
語り手・三津木俊介の構成の妙

本作品の語り手は、
これまでワトソン役だった
三津木俊介です。
これまで犯人追跡や格闘など
体を張ったり、適度な失態をして
筋書きを盛り上げる
役回りが多かったのですが、
今回は語り手として、
由利から取材したりする場面も
設けられています。
後の金田一ものでは、
横溝自身が事件の聞き取り役をする
作品が多いのですが、
本作品はそれの原型といえる
構成となっています。

これは実は冒頭と中盤に、
登場人物の手記を織り交ぜてあるため、
こうした形を
とらざるを得なかったのでしょう。

本作品の味わいどころ②
殺人現場はどこ?東京?大阪?

犯人が死体を
コントラバスのケースに入れて
発見させたのには
どんな意味があるのか?
やがて殺人現場は大阪ではなく
東京らしいことがわかってきます。
もちろんこれは犯人が
犯行を隠そうとしたことに
ほかなりません。なお、
本書の表紙はおなじみ杉本一文画伯の
妖しい挿画が採用されていますが、
作品中の死体は
全裸にはなっていません。
念のため。

本作品の味わいどころ③
欧米の探偵小説風読者参加型犯人捜し

エラリー・クイーンの小説を意識して、
横溝は終盤で読み手に対して
犯人解明の謎解きを突きつけています。
容疑者の誰もが怪しいのですが、
実は何となく
分かるしくみになっています。
ぜひ読んで確かめてください。

本作品の味わいどころ④
事件関係者を
ちゃっかり射止めてしまう由利先生

これはどうでもいいことなのですが、
終末で、由利先生は
突然妻帯しています。
相手は容疑者の一人。
なんと捜査中に
婚活までしていた由利先生。
これには事件の犯人が誰であるかよりも
驚きます。

さて、本作品以降、横溝作品は急速に
金田一ものへと軸足を移していきます。
由利・三津木ものは
「幻の女」「カルメンの死」等で
収束していくのです。
戦前から編まれていてすでに
人気を獲得していた由利・三津木ものと、
新しい時代に向けて横溝が生み出した
新探偵金田一耕助。
「本陣」と「蝶々」は、奇しくも
その世代交代として生まれた
二作品となりました。

※今年3月に改訂出版された本書、
 表紙は昭和の時代のものと
 異なります。

 いずれにしても杉本装幀で
 復刊したことは
 喜ばしいかぎりです。
 これまでの漢字一文字タイプの
 表紙の改訂版も早く
 杉本装幀に戻して欲しいのですが、
 その気配はありません。
 何をしている角川文庫!

(2020.5.3)

ntnvncによるPixabayからの画像

追伸
話題のTVドラマ「探偵・由利麟太郎」の
第4・5話「マーダー・バタフライ」の
原作本となります。
ドラマ化に伴う復刊なのでした。
(2020.7.1)

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